【コラム】「世界遺産は観光地なの?」問題について
こんにちは。
世界遺産を管理・保全していく上で、数多くの脅威が存在します。
具体的な脅威に関して、元ユネスコ事務局長 松浦晃一郎氏の名著『世界遺産 ユネスコ事務局長は訴える』では、以下の7項目に分類しています。
・自然の劣化:時間経過に伴う劣化
・自然災害:地震・火山噴火・洪水・地滑りなど
・戦争や内戦による破壊:爆撃等による破壊
・人為的な破壊:テロ行為による破壊、売買目的による遺産略奪など
・経済開発優先による脅威:保護地域の削除・縮小などを必要とするインフラ計画
・都市開発による脅威:人口増加エリアにおける諸問題。マンション乱立など
・観光事業の増加:観光客増加に伴う諸問題。ごみ問題、文化財への落書きなど
どれもが、過去から受け取った『世界遺産』というバトンを未来に渡す上で、大変深刻な脅威と認識する必要があります。
その中でも最も身近な問題といえるのは、7項目目の『観光事業の増加』ではないでしょうか。
唯一、誰しもが加害者になり得る問題とも言えます(爆弾でも作れる人ならば、加害者になり得る別項目もあるかもしれないが)
そして、この問題を考えるということは、「世界遺産って観光地だっけ?」という、そもそも論と向き合う事に他なりません。
今回は、このテーマについて自分の考えを述べたいと思います。
世界遺産は観光地?
この問いは、以前から議論対象になる事が多いテーマだが、基本的にはNOという意見の方が多いと思います。
「産業革命遺産」が世界遺産登録された時の「まとめサイト」を読んでも、ネガティブに捉えている意見の方が多いようです(まぁ、YES側の人は特に声を上げないと思うので、必然的に意見に偏りが出ているだけとも言えますが・・・)
また、学問対象として世界遺産と接してきた人も、
『世界遺産とは顕著な普遍的価値を有する人類の共通財産である。その定義を遵守するならば、観光地かどうかと言われたらNOと答える』
と言うのではと思います。
私個人としても、どちらかと言えばNO側です。
以前にも触れましたが、文化遺産の救出活動こそ世界遺産の原点です。
観光事業の増加が、諸問題を生み出すトリガーになりかねないならば、本来の趣旨から逸脱します。
ただし、本件はYES/NOの二択で片付けられるほど簡単な問題ではないとも思っております。
というのも、世界遺産の定義がどうとかの『建前』の話は置いておいて、現実的に観光客誘致を目的に世界遺産登録を進めてきたのは、純然たる事実だからです。
観光産業を国の重要な柱と定めた『観光立国推進基本法』が施行されてから10年が経つが、その基本計画の中に、以下の項目があります。
観光資源の活用による地域の特性を生かした魅力ある観光地の形成
その項目の中に世界遺産についての記載がある以上、それを定めた政府も、広義的には世界遺産を観光地と捉えていると判断できます。
特に、観光インバウンドは外貨獲得に直結するので、全世界の共通言語である世界遺産を観光の目玉にすることは、悪い言い方をすれば「手っ取り早い」と考えるのも当然かもしれません。
世界遺産を観光地と認めない側からは、「観光立国推進基本法なんて聞いたことがない。そんなの国が勝手にやってるだけだろ。そんなことに世界遺産を巻き込むな」という意見も出るかもしれません。
しかし、世界遺産を実際に訪れる事は、その国の文化や歴史に対する理解を深める事に繋がります。「百聞は一見に云々」を例に出すまでもなく、凡百の書物を読むだけでは得難い経験になるのは間違いないと思います。
そして、それはユネスコ憲章前文に謳っている「諸国間・諸民族間の交流を進め、文化の多様性を理解・尊重しあうことが、世界平和につながる」という内容ともリンクします。
そう考えると、観光立国推進基本法の内容と、世界遺産条約の大本であるユネスコ憲章とで、特に大きな矛盾はないように見受けられます。
考えれば考えるほど、「世界遺産は観光地なの?」問題に対する、明確な回答を用意することは困難な気がしてきます。
白黒付ける事が不可能ならば、どこかで折り合いをつけて、世界遺産の保護を大前提とした観光事業増加への対策を考える必要があるのではないでしょうか。
観光事業増加への対策
思いつくのは以下の2つです。
①入場規制
『観光客が増える事と比例して問題も増えるなら、対応可能な来客者数に制限すればよい』
理にはかなっております。
(私も含めた)無関係の外部の人間が何を言おうが、現実的に諸問題への対応を要求されるのは、地元関係者の方たちです。関係者の判断により、必要に応じて制限等は適宜行うべきと思います。
直近でも、白川郷にて入村制限、完全予約制のイベントがあるようです。
入村制限のメリット・デメリットなど、イベント後の感想を是非とも知りたい所です。
②教育
世界遺産条約にも教育の重要性が掲げられておりますが、貴重な文化遺産への落書きなどといった、万死に値する行為を行える人間が現実的にいる以上、その重要性は増していると思います。
本テーマである「観光産業増加に伴う脅威」のみならず、世界遺産が抱える問題の多くが、その根底には「遺産保護に対する無理解」があるのではと思っています。
教育によって、大切な遺産を次世代に伝えていく重要性が広まれば、やがては「世界遺産は観光地なの?」問題に対しても、自ずと最善の結論が出るのではと信じています。
最後に
教育の必要性を結論にしたが、ネットなどを通じて積極的に考えを発信する事も、それと同じぐらい重要な事だと思っています。
実は、本ブログを始めようと思った理由の一つでもあります。
今回は以上です。
さようなら